“マニュアル通り”では、人は育たない。

教え方が、組織の未来を決める

先日、7歳の息子にテニスを教える機会があった。
彼は最近テニススクールに通い始めたばかりで、構えもスイングもまだ不安定だった。私は、近くの公園で約90分間、彼と言葉のラリーを繰り返しながら練習を行った。
私の教え方は、いつも「その人の動きと考え方」から入る。
今回も、彼の構えやスイングを観察し、ラケットの面をどう意識しているか、どこを狙って打っているかなど、彼の思考をヒアリングしながら進めた。
最初は自分のやり方を貫こうとしていた彼も、少しずつボールが前に飛び、ラケットの芯に当たるようになると、私のアドバイスを受け入れ始めた。
そして、自分で「今のボールが上に飛んだのは、面が上を向いていたからだ」といった分析を始め、打点の位置や足の運びを自ら調整するようになった。
このプロセスは、以前に自転車の練習をしたときとまったく同じだった。

つまり、人が何かを学ぶときには、自分の動きと考え方を自覚し、それに対するフィードバックを受け入れ、試行錯誤を通じて納得を得るプロセスが不可欠なのだと思う。

マニュアルは有用だが、万能ではない

私はこれまで、MAツールや業務改善ツールの導入支援を数多く行ってきた。その中で常に感じてきたのは、「うまくいく組織」と「うまくいかない組織」の違いは、ツールそのものではなく、教え方と納得の設計にあるということだ。
マニュアルは、確かに有用である。
特に、社内での情報共有や新人教育においては、一定の手順やルールを明文化することは欠かせない。
しかし、マニュアルを“経典”のように扱い、それに沿って教えることが「正しい」とされる風土が強くなると、教える側のマネジメント力が育たなくなる

マニュアルで育った人は、マニュアルでしか教えられない。

つまり、相手の動きや思考を観察し、そこに応じた語りを編む力が育たない。
これは、現場での応用力や、変化への対応力を著しく損なう。

教えるとは、納得を設計すること

ツール導入や業務改善の現場では、現場のメンバーが「納得しているかどうか」が、定着の成否を大きく左右する。
どれだけ優れたツールであっても、使う側が「なぜこれを使うのか」「どう使えば自分たちの仕事が良くなるのか」を理解していなければ、形だけの導入に終わってしまう。
その納得を生むには、相手の現状を観察し、思考を理解し、そこに応じた語りを設計することが必要だ。
たとえば、ある業務フローが非効率に見えても、現場の担当者にはそれなりの理由がある。
「なぜその手順を選んでいるのか」「どこに不安や抵抗があるのか」を丁寧に聞き出し、そこに対して言葉を重ねていく必要がある。
このプロセスを飛ばして、マニュアルを一方的に押しつけても、相手の行動は変わらない。
むしろ、反発や形骸化を生むだけである。

マニュアルでしか教えられない人は、AIに仕事を奪われる

AIの進化によって、業務の自動化はますます進んでいる。
AIは、単に作業を代替するだけでなく、「この業務は本当に必要か?」「もっと良いやり方はないか?」といった構造的な問いを投げかけてくる存在になりつつある。
こうした問いに応答できる人は、AIと共に進化できる。
一方で、マニュアル通りにしか教えられない人は、その問いに応答できない。だからこそ、AIに仕事を奪われるリスクが高いように思う。

マニュアルは、過去の最適解を記録したものにすぎない。

変化の激しい時代においては、問いを立て、語りを編み直す力こそが、人間の価値になる

教えるとは、語りを編むこと

人はそれぞれ、動きも思考も背景も異なる。
だからこそ、その人やその組織の現状を観察し、思考を理解し、そこに応じた語りを設計することが、教えるという行為の本質だと思う。
マニュアルは道具であり、補助線である。
だが、それに頼りきった教え方では、相手の納得も、成長も、変化も生まれない。そして、そうした教え方を続ける限り、教える側のマネジメント力も育たない。

教えるとは、語りを編むこと。

それが、私のマネジメントの哲学であり、これからの時代に必要な力だと信じている。