「誰もリーダーになりたがらない時代」に生きる
かつて、リーダーとは「先導する者」であり、命令し、統率し、組織を動かす存在であった。
その像は、今も多くの組織に生き続けている。
そして今もなお、リーダーとは、責任を引き受ける存在だという前提が、組織の中に根づいている。
だが、若者はその昇進を避け、責任を担うことを拒む。
それは怠惰ではない。
意味の断絶が起きているだけだ。
マーケティングの進化が語る、リーダー像の変遷
20世紀初頭、産業革命によって大量生産が可能になり、企業は「作れば売れる」時代を迎えた。
この時代のマーケティングは製品中心の1.0。
顧客は受け手であり、企業は効率と統制を重視した。
リーダーもまた、工場の延長として「命令する者」「管理する者」として機能していた。
やがて市場が成熟し、製品の差別化が求められるようになり、マーケティングは2.0へと進化した。
企業は顧客ニーズに応える必要に迫られるようになる。
この流れの中で、ゼネラルモータースはフルライン戦略やブランド管理を導入し、リーダーは調整者として、部門を束ね、顧客との接点を設計する役割を担うようになった。
その後、価値観・共感・人間性が重視される3.0〜5.0の時代へと進んだ。
そして今、マーケティングが「製品」から「人間性」へと進化したように、リーダーの役割も再び問い直されている。
リーダー像を変えていかなくてはならない
今日、以前のリーダー像では、組織がまとまらなくなってきている。
それは、今の現場が証明している。
若者が管理職になりたがらないのは、このリーダー像が”命令と責任の受け皿”のままだからだ。
このままでは、誰もリーダーになりたがらないし、昇進を望まない。
若手が「管理職になりたい」「リーダーとして物事を進めたい」と思えるようになるには、リーダー像というイメージや言葉の意味そのものを、今の時代に合わせて編み直す必要があるのではないだろうか。
これからのリーダー像──意味を編む者、構造の起点
いま、多くの組織ではリーダー像が過去のまま止まっている。
私が考える、これからの時代に求められるリーダー像は、以下のようなものである。
・会議で沈黙が続いた時、「この場に何が欠けているか」を言語化できる人
・若手が不安を抱えている時、「安心して意見を言える場」を設計できる人
・組織の方向性が揺らいでいる時、「何を大切にするか」を明確に示せる人
あなたの職場に、こういう人材はいないだろうか。
あるいは、自分自身がその役割を担えるとしたら、どんな場面でそれを発揮できるだろうか。
リーダーとは、命令する者ではない。
意味の断絶をつなぎ、信頼を育てる場をつくる者である。
その役割は、かつての統率者ではなく、
状況を読み取り、意味を言語化し、周囲が納得して動けるように導く者なのかもしれない。
情報過多の時代に、リーダーは“意味の翻訳者”となる
インターネットの普及により、選択肢は爆発的に増えた。現代の若者は「どこで働くか」よりも、「何を担うか」「どんな意味を持つか」に価値を見出す傾向がある。
組織もまた、管理や命令だけでは動かず、納得感や共感を得られる場づくりが求められている。
リーダー育成ではなく、構造の再設計を
この時代において、リーダーを育てるとは、命令の技術を教えることではない。必要なのは、「意味を担うとは何か」を自らの言葉で編み直す旅を支援すること。
そして、この支援は、部下のためだけでなく、問いを立てる側──つまり管理者自身の再設計にもつながる。
こうした問いを通じて、部下は自分が担いたい役割や構造を見出し、管理者は意味を翻訳する力を育てていく。それは、次のリーダーを育てるというよりも、構造そのものを育てる行為である。
「このチームは、どこがうまく進んでいて、どこで滞っていると思う?」
「自分の力が活きるのは、どんな場面だと思う?」
「この行動は、誰にどう響いていたと感じる?」
これらの問いは、部下の成長を促すだけでなく、問いを立てる管理者自身の構造的な再設計にもつながる。
問いを編む者が、構造を編む者になる。
それが、これからのリーダー育成の本質ではないだろうか。
構造を編む
リーダーとは、命令する者ではない。
状況を読み取り、意味を言語化し、周囲が納得して動けるように導く者である。
その定義を社会に根づかせること。
それが、いま私たちが担うべき構造ではないだろうか。
